男の浮気を男の能力と考える考え方

気にしすぎたせいでしょう、世間という無責任でつめたい、いいかげんな批判者に対して「世間様」というふうに様の字をつけることさえしました。愚かな話だと思うのです。

第三に、これはちかごろはだんだん少なくなってきていると思いますが、男の浮気を男の能力と考える考え方がありました。浮気の一つぐらいするのは男の甲斐性というものだ、奥さんのご機嫌ばかりとっているような男は男として風上における代ものではない。こういう考え方はずいぶん昔からありました。男性である私として不思議に思うのですが、こういう考え方を、世間の男ばかりか、女のひとも、しばしばもっているということです。自分の夫は浮気をする、だから自分の夫は甲斐性のあるりっぱな夫なのだI昔の妻はこう考えたのかもしれませんが、およそ、これっくらい、不思議な女の考え方はないように思われます。男の浮気に寛容であるという世間の態度は、たいへん歴史的な、習慣的なものだと思われます。そして世間というものは、いつでも保守的で歴史を重んずるものです。「理屈はそうかもしれない。けれど、昔からこれはこうときまったものだ」世間はいつでもこんなふうにいうものです。そして男女の問題に関するかぎり、世間はいままで男性本位の考え方しかしないのが普通でした。女性にはいつの世でもふるい女と新しい女との二種類がいたようです。戦後、この二種類の女性の対立は、ますますひどくなったようです。

出典元:【結婚相談所 比較】貴方に合うサービスで理想の相手を見つけよう

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